九州の神社

鹿児島県・霧島神宮(霧島市)

御祭神

御祭神ごさいじん天饒石國あめにぎしくに饒石天津日高にぎしあまつひたか彦火ひこほの瓊瓊杵尊ににぎのみこと
相殿神あいどのがみ木花開耶姫尊このはなさくやひめのみこと彦火火出見尊ひこほほでみのみこと豊玉姫尊とよたまひめのみこと鸕鷀草葺不合尊うがやふきあえずのみこと玉依姫尊たまよりひめのみこと神日本磐余彦尊かむやまといわれひこのみこと

由緒

霧島神宮きりしまじんぐうは、天照大神あまてらすおおかみの「豊葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穂みずほの国は子孫うみのこきみたるくになり よろしくいまし皇孫すめみまきてしらさきくませ 寳祚あまつひつぎさかえまさむことまさ天壌あめつちと共にきわまりかるべし」との御神勅ごしんちょくいただき、三種さんしゅ神器しんき捧持ほうじして高千穂峯たかちほのみけ天降あまくだりまして、天壌無窮てんじょうむきゅう皇基こうきたもうた肇国ちょうこく祖神そしんである天饒石國あめにぎしくに饒石天津日高にぎしあまつひたか彦火ひこほの瓊瓊杵尊ににぎのみこと主祭神しゅさいじんとして奉斎ほうさいしています。相殿あいどのには嫡后おきさき木花開耶姫尊このはなさくやひめのみこと御子神みこがみ彦火火出見尊ひこほほでみのみこと嫡后おきさき豊玉姫尊とよたまひめのみこと御孫神みまごがみ鸕鷀草葺不合尊うがやふきあえずのみこと嫡后おきさき玉依姫尊たまよりひめのみこと御曾孫神おひまごがみ神日本磐余彦尊かむやまといわれひこのみこと神武天皇じんむてんのう)の六柱ろくはしら皇神すめかみ配祀はいししています。

日本で最も古い書物である古事記こじきおよび日本書紀にほんしょきに、瓊瓊杵尊ににぎのみことが「筑紫日向つくしのひむか高千穂たかちほ久士流多気くしるたけ天降あまくだりましき」「日向ひむか高千穂峯たかちほのみね天降あまくだります」と記されている霊峰れいほう霧島神宮きりしまじんぐうの背後に天高てんたか聳立そびえた高千穂峰たかちほのみねです。崇高秀麗すうこうしゅうれい山容さんよう高千穂たかちほ頂上ちょうじょうには「あま逆鉾さかほこ」がまつられています。

遠い神代かみよいにしえから御由縁みゆかりのこの霊峯れいほう奉斎ほうさいされていたと伝えられてり、旧記きゅうきによると欽明天皇きんめいてんのう(540-571)の御代みよ慶胤上人けいいんしょうにんというそうめいじて、高千穂峰たかちほのみねと火常峰(御鉢おはち旧名きゅうめい)の間の「脊門丘せとお」に社殿しゃでん建立こんりゅうされたのが始まりとされます。

延喜式えんぎしき』に日向国ひむかのくに諸県郡もろかたぐん霧島神社きりしまじんじゃと登場する霧島神社きりしまじんじゃ論社ろんしゃとされますが、噴火のため焼失しょうしつし、村上天皇むらかみてんのう天暦年間てんりゃくねんかん(947-957)天台宗てんだいしゅうの僧である性空上人しょうくうしょうにん御鉢おはち西麓せいろくの「高千穂河原たかちほかわら瀬多尾越せたおごえ(現在の高千穂河原たかちほかわら古宮址こぐうし)」に再興さいこう奉遷ほうせんしました。ここも噴火のため炎上えんじょうし、文暦ぶんりゃく元年(1234)の大噴火により神殿しんでん僧坊そうぼう等がことごとく災禍さいかい、霧島市きりしまし霧島田口きりしまたぐち待世神社まっせじんじゃのあった地(霧島中学校北側)に仮宮かりみやとして250年間奉斎ほうさいされます。

『延喜式神名帳』延長5年(927)編纂

西海道神一百七座[大卅八座・小六十九座]。

…(略)…。大隅國五座[大一座・小四座]。桑原郡一座[大]。鹿兒島神社[大]。囎唹郡三座[並小]。大穴持神社、宮浦神社、韓國宇豆峯神社。馭謨郡一座[小]。益救神社。

文明ぶんめい16年(1484)真言宗しんごんしゅうの僧、兼慶上人けんけいしょうにん島津氏しまづし第11代当主・島津忠昌しまづただまさめいをうけ、再興さいこうしたのが現在の霧島神宮きりしまじんぐうです。歴代島津氏しまづし崇敬すうけいあつく、しばしば祈願きがん奉賽ほうさん神領しんりょう宝物ほうもつ寄進きしん御造営ごぞうえいなど敬神けいしんまことささげられました。

明治期の神仏分離令しんぶつぶんりれい発令はつれいされるまでは西御在所にしござしょ霧島権現きりしまごんげんしょうされ、霧島山きりしまやまを中心とした修験僧しゅげんそうによる霧島六社権現きりしまろくしゃごんげん信仰しんこうの中心的役割を果たしていました。別当寺べっとうじ華林寺けりんじは、本地堂ほんちどう十一面観音じゅういちめんかんのんを祀り、霧島六社きりしまろくしゃ別当寺べっとうじを全て統轄とうかつしていました。

霧島神宮きりしまじんぐう (西御在所にしござしょ華林寺けりんじ
霧島東神社きりしまひがしじんじゃ東御在所ひがしござしょ錫杖院しゃくじょういん
霧島岑神社きりしまみねじんじゃ中央権現社ちゅうおうごんげんしゃ瀬多尾寺せたおじ
東霧島神社つまきりしまじんじゃ東霧島権現社つまきりしまごんげんしゃ勅詔院ちょくしょういん
狭野神社さのじんじゃ (狭野権現社さのごんげんしゃ神徳院しんとくいん
夷守神社ひなもりじんじゃ (雛守権現社ひなもりごんげんしゃ宝光院ほうこういん) ※現在は夷守神社ひなもりじんじゃとして霧島岑神社きりしまみねじんじゃ合祀ごうし

明治7年(1874)2月に「霧島神宮きりしまじんぐう」と社号しゃごうを改定し、官幣大社かんぺいたいしゃ列格れっかくされました。

現在の社殿しゃでん正徳しょうとく5年(1715)、島津氏しまづし第21代当主・島津吉貴しまづよしたか造営ぞうえい寄進きしんにより再建さいけんした物です。絢欄けんらんたる朱塗しゅぬりの入母屋造いりもやづくり本殿ほんでん拝殿はいでん登廊下のぼりろうか勅使殿ちょくしでん門守神社かどもりじんじゃ等、その配置はみょうを得て輪奐りんかんの美をなしています。特に殿内でんない漆塗うるしぬりで二十四孝にじゅうしこう絵画かいが龍柱りゅうばしら、床には鴬帳うぐいすばりが施され、本殿ほんでん幣殿へいでん拝殿はいでん登廊下のぼりろうか勅使殿ちょくしでんは平成元年5月には国の重要文化財じゅうようぶんかざいの指定を受けています。尚、一般に参拝さんぱいできるのは勅使殿ちょくしでんまでで、中に入り登廊下のぼりろうかを登った建物が拝殿はいでんです。

神事しんじとしては、旧暦きゅうれき2月4日に「御田植祭おたうえさい」が大祭として斎行さいこうされています。「御田植祭おたうえさい」は、天照大御神あまてらすおおみかみから瓊瓊杵尊ににぎのみこと高天原たかまがはら稲種子いなだね御授おさずかりになり耕作こうさくせられた故事こじにより、五穀豊穣ごこくほうじょう祈願きがんする行事です。境内けいだい神苑内しんえんないに設けられた御田植祭場おたうえさいじょうにおいて仮装かそう老翁ろうおう老媼ろうおう仮装かそうの牛を使って耕作こうさく所作しょさをした後、神職が御田植おたうえ所作しょさをなし、しゃもじを担いだ田之神たのかみが登場して五穀豊穣ごこくほうじょう祈願きがんします。「田の神舞たのかんまい」は、300年以上の歴史を持つとされ、県無形けんむけい民俗文化財みんぞくぶんかざいの指定を受けています。

社殿しゃでん前には、御門ごもん守護神しゅごしんである櫛磐間戸神くしいわまどのかみ豊磐間戸神とよいわまどのかみまつ門守神社かどもりじんじゃがあり、国指定重要文化財じゅうようぶんかざい附指定つけたりしていされています。御神木ごしんぼくの杉は樹齢じゅれい約800年以上と推定すいていにされ、南九州の杉の祖先そせんともいわれています。社殿しゃでんの向かって右手には、後一条天皇ごいちじょうてんのうめいによりこの地を治めた藤原篤如命ふじわらのあつゆきのみことまつ税所神社さいしょじんじゃ鎮座ちんざしています。

社殿しゃでんを正面に見て左手の参道さんどうを進むと旧参道きゅうさんどう登山道とざんどうに分かれます。

登山道とざんどうには、大山祗神おおやまつみのかみまつ山神社やまじんじゃ鎮座ちんざしています。

亀石坂かめいしさかともしょうされる旧参道口きゅうさんどうぐちには、御手洗川みたらしがわが流れており、天忍雲根命あめのおしくもねのみこと水波能売神みなはめのかみ市岐島姫命いちきしまひめのみこと大名牟遅神おおなむちのかみ御祭神ごさいじんとする若宮神社わかみやじんじゃまつられています。御手洗川みたらしがわは、霧島きりしま七不思議ななふしぎのひとつとされ、岩穴いわあなからき出る水が小川となって流れ出ています。川の水は、11月から4月ごろまではほとんどれていますが、5月ごろから非常な勢いで大量の水がき出ます。この時は、魚も一緒にいてくると言われます。水の質は清明せいめいで、天孫てんそん降臨こうりんの際、高天原たかまがはらから持ってきた真名井まないの水が混じっていると伝えられています。その隣には、天照御大神あまてらすおおみかみまつ鎮守神社ちんじゅじんじゃ霧島きりしま修験しゅげん霊場れいじょうとして開山かいざんした性空上人墓しょうくうしょうにんぼ奉斎ほうさいされています。

参道さんどうの石積みの坂を上ると神様との約束を破ってしまった亀が岩にされてしまったと伝えられる亀石かめいし風穴かざあながあります。風穴かざあなは、近年は風の出が悪くなっていますが、いつもわずかな風が吹き出していた岩穴いわあなです。風を不思議に思った人が中をのぞくと石の観音様かんのんさまが微笑んでいたと伝えられています。そのすぐ上には、登山道とざんどうと同様に山神社やまじんじゃまつられています。

Photo・写真

  • 大鳥居と高千穂峰
  • 大鳥居と高千穂峰
  • 参道
  • 第二鳥居
  • 神聖降臨之碑
  • 第三鳥居
  • 第三鳥居
  • 第三鳥居
  • 参道
  • 境内
  • 境内
  • 門守神社
  • 門守神社
  • 勅使殿
  • 勅使殿
  • 勅使殿
  • 登廊下を登ると拝殿です
  • 税所神社
  • 御神木
  • 御神木
  • 山神社
  • 山神社
  • 山神社
  • 山神社
  • 御手洗川と若宮神社
  • 若宮神社
  • 御手洗川
  • 鎮守神社
  • 性空上人墓
  • 亀石坂(旧参道)
  • 亀石
  • 風穴
  • 旧参道の山神社
  • 冬の霧島神宮
  • 冬の霧島神宮・第三鳥居
  • 冬の霧島神宮・第三鳥居
  • 冬の霧島神宮・境内
  • 冬の霧島神宮・社殿

情報

住所〒899-4201
霧島市きりしまし霧島田口きりしまたぐち2608番地5
創始そうし欽明天皇きんめいてんのう御代みよ(540-571)
社格しゃかく官幣大社かんぺいたいしゃ [旧社格きゅうしゃかく]
別表神社べっぴょうじんじゃ
例祭9月19日
神事しんじ御田植祭おたうえさい旧暦きゅうれき2月4日)
天孫てんそん降臨こうりん記念祭きねんさい御神火祭ごしんかさい(11月10日)
関連 霧島神宮古宮址 [高千穂河原](霧島市)
霧島東神社(高原町)
霧島岑神社(小林市)
東霧島神社(都城市)
狭野神社(高原町)
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